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参禅会だより

令和8年3月22日

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 彼岸も中日を越すと一段と陽気が増し、名実ともにようやく春がやって来たことを実感させられます。早咲きの河津桜はすでに葉桜となってしまいましたが、寒緋桜や木蓮、トサミズキやボケの花は今が盛りと言わんばかりに咲き誇っています。これであと、本堂の裏手に林立するスギの花粉が収束すれば、全身で春を体感できるのに‥‥それはまだ少し先のことになるかもしれません。

 

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 とは言え、肩をすぼめる寒さから解放され、好坐禅の季節がやって来たのは間違いなく、本日はその春の訪れに感謝しながら雲堂にて坐禅をさせていただきました。

 坐禅後は、本日で15回目となる『禮拜得髄』の巻の講義が行われました。今回の内容は、「錯乱のはなはだしき小国」の「あわれむべき」処遇や事柄について述べた箇所の講義で、方丈はそれを踏まえ「理不尽さとどう向き合うか」についての話しをされました。講義では、ギリシャのストア派哲学者エピクテトスの言葉を参考に、世の中の現象や身のまわりの出来事について、「自分に都合のいい判断・解釈」することの危うさについて述べられました。この「自分に都合のいい判断・解釈」こそが、『自己欺瞞(自分で自分の心を欺くこと)』につながり、そこに先入観や偏見が入り込むと、やがてあなた自身が「理不尽をする側」になってしまうんだということを話されました。そしてそうならないためには、他人の評価や世間の流行に一喜一憂しないことが重要で、また自らを省みることが大切であるとも話されました。最後に、随聞記にある『こころに願い求むること無ければすなわち大安楽なり』という言葉を引用し、−こころに願い求むる(自分自身に対して「ああ見られたい」「こう思われたい」、そのために「あれをしてこれをしないといけない」)−というような、周囲の状況に反応してしまう受動的な欲望から抜け出すことが重要であると話され、それにとらわれ続けている限り人の心は休まることが無いんだと述べ講義を締めくくられました。
 講義後は、茶話会を行い、参禅会の会報『明珠』(85号)の完成報告と連絡事項等を伝達した後、散会となりました。

 

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令和8年2月22日

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 今日は3連休の中日(なかび)になります。3月下旬並みの暖かさと晴天が続くということもあってか、多くの人たちは行楽の予定を入れ、それぞの目的地へと足を運ぶことでしょう。当山を訪れる人も、昨日までの予定を繰り上げて山門をくぐる人もいれば、今日山門を後にしてから予定をこなす人もいたりと、おそらく人それぞれのことと思います。

 

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 そんな連休まっただ中の本日、当山にあっては月例坐禅会の日になります。さすがに坐禅というと行楽からはほど遠いかもしれませんが、坐ったからには自己啓発の一助と捉え、有意義な時間を過ごしていただければと思っています。
 坐禅後は、今回で14回目となる『禮拜得髄』の巻の講義が行われました。今回も先月の内容の続きになります。
 講義の中で方丈は、文中の「たれかこれをふさぎていたらしめざらん(道を究めるのを邪魔するのは誰なのか)」、「界畔いかがせん(仕切りや壁といった境界をつくってどうしようというのか」という言葉に着目し、人間のやる気を無くさせ、才能ある人からチャンスを奪うモノについての話しをされました。上記について方丈は、「画一化された仕組みによる没個性化」と「無意識のバイアス(偏見)による悪影響」を挙げ、それについての説明をされました。これらの弊害から脱却するするためには、佛教の教えにある「対機説法(相手の能力・素質に応じて教えを説く)」と「同事(相手の立場に立って共感したり、行動を共にすること)」を意識することが特に大切であるという話しをされました。
 講義後は、茶話会を行い、連絡事項等を伝達した後、散会となりました。

 

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令和7年12月14日

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 今日の関東南部は、降水確率100%。約1か月ぶりのまとまった雨が朝から激しく降り、それにともなって気温もみるみる低下して、体感的にはとても肌寒い一日となりました。
 龍泉院参禅会では、毎年12月の第二日曜日を「歳末助け合い托鉢」の日とし、柏駅東口コンコースで午後1時から3時までの間、托鉢行に身を挺します。今年の参加者は方丈と参禅会員5名の計6名で、正午過ぎに駅近に所在するお寺「長全寺」様に集合し、本堂前で心経一巻を読誦した後、托鉢場所へと移動しました。一番の懸念事項は天候ですが、午後になりなんとか雨脚は衰えるも、完全には止まず、霧雨の中での托鉢となりました。

 

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 歳末と言われるだけあって、道行く人にどことなく年の瀬のあわただしさを感じてしまうのは、私だけではないでしょう。そんな感傷に浸りながらも、気付けば信心のお施主様が、一人また一人と立ち止まって浄財を喜捨して下さいます。方丈はその都度、「施財の偈」を唱えて頭を下げます。施財の偈とは、『財法二施 功徳無量 檀波羅密 具足円満』で、詳細な意味は他に譲るとして、ザックリ言うと、『財を施す人も、お経を唱えて法を施す僧も、お互いが施し合うという修行であることに変わりはなく、すべて悟りへとつながるのだ』ということを述べたものになります。

 

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 一年で一度の、かつごく短い時間の托鉢ではありましたが、坐禅や作務とは違う『行』に携れたことで、参加した面々はみな一様に心を満たした様子でした。
 なお、喜捨していただいた浄財については、後日「朝日新聞厚生文化事業団」に寄付させていただきます。ありがとうございました。

 

令和8年1月25日

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 今季最強にして最長の寒波が列島を覆う中、令和8年最初の月例坐禅会を常の如くに執り行いました。暦の上では『大寒』真っただ中ということもあり、吐く息が白いのはもちろんのことながら、特に早朝は、しばらく屋外にいたりすると、手はかじかみ耳の先も痛くなるなどして、いつもと違う寒さに思わず肩をすぼめてしまい、あらためて大寒であることを実感させられます。

 

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 そのような寒さの中にあっても、自然の営みが途切れることはなく、境内のロウバイは花を開き、諸所に点在するツバキも数こそ少ないものの一輪二輪と花をつけ始めています。そんな草花たちを折にふれ見ていると、年々歳々季節がめぐりその運化に誤りが無いことについて、いつも感嘆させられます。私もそのような季節の移ろいに習い、行持道環に思いを馳せ、今日もいつもと変わらず坐禅堂で脚を組み、静寂のひと時を過ごしました。 
 坐禅後は、今回で13回目となる『禮拜得髄』の巻の講義が行われました。今回は先月の内容の続きからで、「女人禁制の結界を批判」した箇所となります。講義の中で方丈は、この巻の中にある女性という言葉を、少数派(マイノリティ)という言葉に置き換えると、女性のみならず男性にとっても身近なテーマになるのではないかと述べられました。さて前回は少数派の存在や意見を制限・制約したりすると、イノベーションが起こりにくくなり、組織や集団は硬直化して社会に大きな損失をもたらすのだという内容でしたが、今回は「集団浅慮」という言葉をキーワードに、少数派を顧みないと大きな過ちや失敗を起こすことにつながるんだということについて話されました。これは、優秀であるはずの個人が集団になった時に発現するあまりにも愚かな意思決定プロセスのことで、一人の人間が冷静に考えれば絶対にやならない判断・決定にいたってしまうというのがこの「集団浅慮」の恐ろしいところなのだと話されました。この集団浅慮に陥らないためには、周りに迎合しない者の存在が重要で、周囲をイエスマンで固め多数派を形成することに汲々とするのではなく、堂々と正論や反対意見を提示できるような多様な考えを持つ人間を仲間に引き入れてこそ、最良の決断・判断ができるのだと述べられました。そして山本七平さんの『空気の研究』を引き合いに出し、集団の中にあっても臆せず「水を差すことのできる人」の存在を大事にしなければならないとも話されました。
 講義後は、茶話会を行い、連絡事項等を伝達した後、散会となりました。

 

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令和7年11月23日

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 さすがに立冬も過ぎると、乾いた北風が冷たい空気をどんどん列島に運び込むせいか、朝晩の冷え込みも日を追うごとに厳しくなっていくように感じられます。本日は、早朝の通り雨が地面を湿らせた後も、太陽を覆う雲が居座り続けたこともあり、あいにくの空模様の天気となりましたが、毎月恒例の月例坐禅会は常の如くに行いました。 

 

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  脚を組んで欠気一息(かんきいっそく)し、手指を結んで心を落ち着かせると、やはり思ってしまうのが「暑いよりかはよっぽどいい」という感想になります。そして、こうような思いが去来するのは<煩悩のなせる業か>、などと考えながら坐っているのは、おそらく私だけではないでしょう。 
 坐禅後は、本日で11回目となる『禮拜得髄』の巻の講義が行われました。今回も、先月及び先々月の講義の続きとなる話しになります。講義の中で方丈は、佛道と向き合い、そこから道を踏み外さないためには、「広い世界に出て感受性を高め、人と接して様々な経験を積んで、それを周囲に還元すること」が必要であるとし、そのためには現状に満足することなく、進み続けなければならないと話されました。道元禅師は、佛道のことを「學道」とも述べておられます。この『學』の字は、一番下に「子」があって、「ワ」の中に入っています。これは子供が家の中に閉じこもっている様子を示しているといわれています。そしてその上に「臼」のような形があって、その中央に×印が入っていますが、これは大人が両手を使って子どもを家の中から外の世界へと引っ張り上げようとしている指の形だといわれています。つまり「学び」への第一歩は広い世界に出ることを示しているわけです。そして外の世界に出たならば、進み続けることが重要となります。なぜなら現状維持は退歩と同じなのだから、というようなことについての話しをされました。
 講義後は、茶話会を行い、連絡事項等を伝達した後、散会となりました。

 

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令和7年12月28日

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 去る24日のイブの日は、10年ぶりとなる雨に見舞われたことで、ニュースとなりましたが、今年最後の日曜日となる28日朝も、上空の寒気と放射冷却の影響で、今季初の0℃を下回る冬日となり、これまたニュースとなりました。当院境内も、この冬一番の霜柱が降り、踏みしめるたびにザクッザクッと小気味のいい音を立てるさまは、ようやく本格的な冬の到来を感じさせるものであり、今年最後となる本日の月例坐禅会も、そのような寒さの中、身も心もともに引き締まるなかでの実施となりました。

 

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 坐禅堂では、「ヒーヨ、ヒーヨ、ヒヒヒヒ」と聴こえてくるヒヨドリのさえずり声を耳にしながら、二炷の坐禅を行い、調身・調息・調心によって今年1年間の報恩の気持ちを聖僧さまに捧げました。
 坐禅後は、今回で12回目となる『禮拜得髄』の巻の講義が行われました。今回は先月までの内容とは異なり、「女人禁制の結界を批判」した箇所となります。
 講義の中で方丈は、ジェンダーバイアス(性別による固定観念や偏見・先入観)についての話しをされ、このバイアスによる固定観念は、男女ともに多様性を制限することになり、個人的にも社会的にも大きな損失につながることになるんだと述べられました。そしてこのバイアスを克服するために、「自分らしく生きる」ことの大切さを話されました。この自分らしく生きることについて、個性として誰にでも既に備わっているという意味での「自分らしさ」に安住し続けることをいうのではなく、「自分らしさとは何か」と問いかけ、そしてそれを探し続けることをいうのだ、という内容等々の話しをされました。

 

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 講義後は、茶話会で連絡事項等の伝達を行い、今年最後の締めくくりということで、本日の参加者14名で作務(掃除)を行いました。坐禅に掃除と、普段の坐禅会とは違ってプラスアルファの行事(行持)が入りましたが、いつもより清々しい気分になったという声も聞かれ、今年最後の坐禅会を無事につとめ終えることができました。
 今年一年ありがとうございました。それでは皆さま良いお年を。

 

令和7年10月26日

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 冷気を帯びた乾いた風が境内を抜けると、ススキの穂は揺れ、枯葉は地を這うように滑っていく、その様は秋の風が「色なき風」といわれるように、一抹の寂寥感を感ぜずにはいられません。

 

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 そんな侘しさを感じさせる季節になりましたが、本日はあいにくの空模様で、数日前から居座り続けるぐずついた天気の中での坐禅会となりました。こと坐禅に関しては、先月よりは好坐禅のコンディションといえるかもしれませんが、雨による冷え込みが厳しいせいか、いささか肌寒さを感じながらの坐禅となりました。しかしながら猛暑・残暑の頃と比較すると、「水を得た魚」という言葉があるように、道元禅師のいうところの「水清うして地に徹し、魚行いて魚に似たり。空闊うして天に透る、鳥飛んで鳥の如し」の心境、つまり魚や鳥のように、自由自在に水中を泳ぎまわり空を飛ぶような心持ちで、坐禅に臨むことができたのではないでしょうか。
 坐禅後は、本日で10回目となる『禮拜得髄』の巻の講義が行われました。本日の講義は、先月同様「女人なんの咎があるか、男子なんの徳があるか」についての続きになります。講義の中で方丈は、道元禅師が批判した唐の國の愚痴僧の言葉に焦点を当て、「嫡嫡相承」の重要性とその難しさについて話しをされました。そして更に「加上説」及び新約聖書ルカ傳にある譬え話「放蕩息子の帰郷」を参考に、いかに「才」があっても、自身の得た「知」を喧伝するために、大切な教えの根幹を改変するような行為は、やがて寛容の精神を失い、排他的な考えを助長することになりかねないとして、警鐘を鳴らされました。
 講義後は、茶話会を行い、連絡事項等を伝達した後、散会となりました。

 

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