今月の提唱
『正法眼藏』「身心學道」の巻(1)
佛道は、不道を擬するに不得なり、不學を擬するに轉遠なり。
南嶽大慧禅師のいはく、修證はなきにあらす、染汚することえじ。
佛道を學せされは、すなはち外道闡提等の道に随在す。このゆゑに、前佛後佛かならす佛道を修行するなり。
佛道を學習するに、しはらくふたつあり。いはゆる心をもて學し、身をもて學するなり。
心をもて學するとは、あらゆる諸心をもて學するなり。その諸心といふは、質多心、汗栗駄心、矣栗駄心等なり。また感應道交して、菩提心をおこしてのち、佛祖の大道に歸依し、發菩提心の行李を習學するなり。たとひいまた眞實の菩提心おこらすといふとも、さきに菩提心をおこせりし佛祖の法をならふへし。これ發菩提心なり、赤心片片なり、古佛心なり、平常心なり、三界一心なり。
これらの心を放下して學道するあり、拈擧して學道するあり。このとき、思量して學道す、不思量して學道す。あるひは金襴衣を正傳し、金襴衣を稟受す。あるひは汝得吾髄あり、三拝依位而立あり。碓米傳衣する以心學心あり。
今月の所感
今月から『正法眼藏』「身心學道」の巻のご提唱が始まりました。「身心學道」は仁治三年(1242)の重陽の節句、即ち9月9日に宇治の興聖宝林寺で衆に示されたものです。
この「身心學道」の学道とは、仏道を学ぶことです。その仏道を学に二つあると示され、ひとつは「心をもって学ぶ」ことであり、もうひとつは「身をもって学ぶ」ことです。この巻は「心をもって仏道を学ぶ」ことと、「身をもって仏道を学ぶ」ことを、簡明に述べられたものであると言えます。
まず冒頭に、「佛道は、不道を擬するに不得なり、不學を擬するに轉遠なり。」とあります。即ち、我々は仏道の中で生きているので、そこから外れた学道をしようとしても、あてはまらない。また修行は仏道で生きることであるから、他の学道をしようとすれば、真実からますます遠ざかることになると示されています。仏道を学には、祖師方が示されている学道をきちんと行わなければならないということだと思います。
次に、南嶽懐譲が六祖に対して述べた言葉、「修證はなきにあらす、染汚することえじ。」が示されています。即ち、修行と證(さとり)はないのではないが、ただ修証によって仏道が歪曲されるようではいけない。仏道を学にあたっては、「あるがまま」に把握し、体得しなければならないということが示されています。
また、「佛道を學せされは、すなはち外道闡提等の道に随在す。このゆゑに、前佛後佛かならす佛道を修行するなり。」とあり、仏道を学ばない者は、外道や成仏できない者に堕ちてしまう。だから釈尊以来、歴代の祖師方は必ず仏道を修行してきたと示されています。
そこで道元禅師は仏道を学には二つの道があり、「心をもって学ぶ」と「身をもって学ぶ」であると述べられています。
最初は「心をもって学ぶ」ことが説かれています。
まず心を学ぶことは、あらゆる心を用いて学ぶべきであると述べられています。即ち、質多心(慮知心)、汗栗駄心(草木心)、矣栗駄心(積集精要心)など、あらゆる心を用いて仏道を学のであると。
・質多心(慮知心)とは、思惟・判断・認識などの作用をなす心。思慮分別する心を指します。
・汗栗駄心(草木心)・矣栗駄心(積集精要心)とは、慮知心に対して真実心とか真如心のことを指します。
また仏と感応道交して、仏道を求める心を起こし、仏道の大道に帰依し、仏道を求める心を学習することもあると述べられています。
さらに道元禅師は仏道を求める心「菩提心」が起こっていなくても、すでに菩提心をおこされた祖師方の跡を習うのもよい、それが菩提心をおこすことにも繋がるのであると示されています。祖師方の跡を習うことにより、發菩提心、赤心(まごころ)、古仏心、平常心、三界一心という心がおこると述べれているのです。
このような色々な心をもって仏道を学ぶことが述べられてきましたが、そのような心を捨て去って「無」の心で学道する場合もあると述べられています。また心をもって学道する場合も、思量をもって学ぶこともあれば、思量を超越して心意識の運転を停めて学ぶこともあると示されています。ただ、学道するには思量を運ばないで学ぶことはできませんから、その思量とは「不思量」、即ち思量するものなき思量でなければならないのです。
次に心でもって学道した祖師方の事例が述べられています。
先ず釈尊が迦葉尊者に仏道を伝えられた時、金襴の衣を授けて、その証拠とされました。迦葉は金襴衣を受けて仏道正伝の証拠としました。
『景徳傳燈録』卷1の釈尊の章には、
爾時世尊說此偈已、復告迦葉、「吾將金縷僧伽梨衣傳付於汝。轉授補處至慈氏佛出世。勿令朽壞」(爾の時に世尊、此の偈を說き已りて、復た迦葉に告げたまわく、「吾れ金縷の僧伽梨衣を將て、汝に傳付す。補處に轉授して慈氏佛の出世に至るべし。朽壞せしむること勿れ」)。
とあります。
釈尊から法と共に金襴の大衣が摩訶迦葉に伝えられ、56億7千万年後に現われる弥勒菩薩まで伝えるようにと託された故事によります。
次の事例は、達磨大師が二祖慧可に仏道を授けて、「汝、吾が髄を得たり」といい、それに対して慧可はその位置に立って三拝したことがあげられています。
『景德傳燈錄』卷3の達磨の章には、
最後慧可禮拜後依位而立。師曰、「汝得吾髓」。乃顧慧可而告之曰、「昔如來以正法眼付迦葉大士。展轉囑累而至於我。我今付汝。汝當護持。并授汝袈裟以為法信。」(最後に慧可、禮拜後依位而立あり。師曰く、「汝、吾が髓を得たり」。乃ち慧可を顧みて之に告げて曰く、「昔は如來、正法眼を以て迦葉大士に付す。展轉囑累して我に至る。我れ今、汝に付す。汝、當に護持すべし。并びに汝に袈裟を授けて以て法の信と為す。」)。
とあります。
達磨の四人の弟子の内三人がさとりの境地を述べ、それぞれ達磨の皮・肉・骨を得て印可されました。しかし慧可はさとりの境地を述べることなく、ただ礼拝するのみでしたが、達磨から一番肝心の髄を得て印可されたという故事によります。
また六祖慧能が五祖弘忍から夜中に碓米の部屋で袈裟を授かった例が挙げられています。
『景德傳燈錄』卷3の弘忍の章には、
師(五祖弘忍)知是異人、乃訶曰、「著槽厰去」。(慧)能禮足而退、便入碓坊、服勞於杵臼之間晝夜不息。經八月。(中略)能居士跪受衣法。(師、是れ異人なりと知りて、乃ち訶して曰く、「槽厰に著き去れ」。能、足を禮して退き、便ち碓坊に入り、杵臼の間に服勞すること晝夜に息まず。八月を經たり。(中略)能居士、跪いて衣法を受く。)。
とあります。
六祖慧能は五祖弘忍に参じて、「嶺南人無仏性」の問答により機に契いましたが、なお、八か月の間は碓坊で米つきをしていました。当時神秀が一会の首でしたが、五祖は密かに夜半、達磨伝来の袈裟と鉢盂を六祖に伝えたという故事によります。
これらはいずれも祖師方が心をもって学道した事例ですが、それでは一体心とは何ぞやという疑問が残ります。次回はその心について、道元禅師がずばりとお答えになられていますので、次回の参禅会には是非ご参加されることをお勧めします。
今月のお知らせ
今年は元日から、お屠蘇気分を吹っ飛ばすとてつもない天変地異と大事故に見舞われ、波乱の年明けとなりました。
元日の夕方4時10分ごろ、能登半島を最大震度7の地震が襲い、2月1日時点での石川県の志望者は240名、安否不明者は15名、倒壊家屋は約48000戸、避難者(2次避難を除く)は約9200人にのぼります。
また翌日の夕方の5時50分ごろ、羽田空港で日本航空機が海上保安庁の航空機に追突して炎上しました。幸い乗客と乗務員は全員脱出できましたが、海上保安庁の機体に乗っていた5人の内、4人の方が亡くなられました。
今年はもう一ヶ月が過ぎましたが、この先、前途多難な歳になるのではないかという漠然とした不安な気持が広まっています。また世界では前年からウクライナへのロシア軍の侵攻や、ガザ地区へのイスラエル軍の侵攻など、危険な情勢が満ち溢れています。
このような波乱に満ちた年明けですが、季節は確実に進んでおり、駐車場に近い境内に植わっている古木の梅には、もう数輪開花していました。
岡本年番幹事からのお知らせ
・「参禅会のあり方」をお配りしましたのでご覧ください。
・2月15日(木)午後2時から涅槃会を開催いたします。
杉浦『明珠』編集委員長からのお知らせ
・『明珠』81号を3月の定例参禅会の時に配布いたします。
・1月28日(日)の初不動で、手作りの「幸掬之茶杓」を奉納します。
明石方丈様からのお知らせ
・コロナ感染が再び拡大しています、ご注意下さい。
・椎名老師より『続沼南の宗教文化誌』をいただきましたので配布します。
・1月19日(金)のお蕎麦パーティはご苦労様でした。
・明日の初不動の後、涅槃会の準備を行いますので、ご協力をお願いします。
今月の司会者 小畑二郎
今月の参加者 15名
来月の司会者 小畑二郎