「涅槃会についての所感」 


参禅会 五十嵐嗣郎


 MG 9756JPG 1令和7年2月15日(土)、午後2時から涅槃会の法要が行われました。本堂には須弥壇に向かって右側に、正徳5年(1715)制作の佛涅槃図が掛けられていました。
明石方丈様を導師として一行が入堂し、拈香法語が読み上げられ、普同三拝の後、『般若心経』と『舎利礼文』を全員でお唱えいたしました。

法要の次に明石方丈様から「不安に向きあう」と題しての法話がありました。
まず、大阪にあるUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)をV字回復に導いたマーケターとして有名な森岡毅さんに、「挑戦しないから失敗もしない自分よりも、挑戦するから失敗してしまう自分の方が圧倒的に強くなれる」という言葉があるとの紹介がありました。
確かに、「何も挑戦しなくて、何も失敗しなかった人生だった」と、死ぬ前につぶやいて天寿を全うするとしたら、本当に悔いが無くあの世に逝けるのかと考えるところである。
かけがえのない一生において、何もしようとしなかった人生は、何と味気ないものであったと思うに違いない。事実、私もこれまでの人生で、あの時もっと挑戦的に行動すればよかったのにと思うことがいくつもあります。

しかし、だからと言ってチャレンジした場合には、そこには大きな不安が伴うのも事実です。大きなプロジェクトに挑戦すれば、人は必ず大きな不安にさいなまれます。
IMG 3728JPG 1そこで明石方丈様は森岡さんには不安について次のような言葉があると紹介されました。「不安を感じるのは挑戦している証拠なのだ。不安とは勇敢さが鳴らしている進軍ラッパのようなものである。不安であればあるほど、君は勇敢なのだ」と。
即ち〝勇敢さ〟が強ければ強いほど、そこに映し出される「影」こそが、実は〝不安〟の正体ではないでしょうか。
挑戦して不安を克服した時こそ、かけがえのない人生の一頁を飾ることができるのではないでしょうか。不安を克服するためには、プロジェクトを推進するための緻密な分析力が必要になると思いますが、如何でしょうか。

この後、明石方丈様からはさらに「現成公案」の一節「自己をはこびて万法を修証するを迷とす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり。迷を大悟するは諸仏なり、悟に大迷なるは衆生なり。さらに悟上に得悟する漢あり、迷中又迷の漢あり。」についてのご提唱がありました。

涅槃会の法要の後、本堂の片付けと坐禅堂のまわりの清掃を行い、小畑元代表からのお供物をいただき、解散しました。また涅槃会の参加者は13名でした。